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「ふうん、それもよからう」
「さつき、河原で、先生に会つたんでさあ。――往診に出かけなさる途中でね」
「誰かと思つたよ」
「え、何です、前期と後期とをつゞけさまにうかりましたつて。――ふうん、それやえらいもんですな。なかなか、あの検定試験といふやつは、医学校なんかの年限さへ来ればずるずるに医者になつてしまふのとはちがつて、相当な目に合はされますからな」
と、加藤巡査は無意識に汗の滲み出た額のあたりを指でこすりながら、心配さうに大小の焚火を見やつた。彼の声はしはがれていた。
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
宿の浴衣ゆかたを着たままで行く人もあるが、行儀の好い人は衣服をあらためて行く。単に言葉の挨拶ばかりでなく、なにかの土産みやげを持参するのもある。前にもいう通り、滞在期間が長いから、大抵の客は甘納豆とか金米糖とかいうたぐいの干菓子をたずさえて来るので、それを半紙に乗せて盆の上に置き、御退屈でございましょうからといって、土産のしるしに差出すのである。
房一が云ひかけると
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
思はず正文は笑ひかけた。それを隠すやうに小首をかたむけてわきを向くと、又房一の話を傾聴する恰好になつた。そして、一度起きなほつた背はだんだんと柔かく前こゞみになつた。
「随分早いのね」
正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。
道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、